先週ようやくピケティを読み終わって、今度は違うジャンルの本を読むことにした。橋元淳一郎氏の「時間はどこで生まれるのか」という本で、10年ほど前に一度読んだものだけど、もう一回ちゃんと読みたくなった。時間はなぜ過去から未来に流れるのか、なぜ過去は定まっているのに未来は未知なのかといった人間的な時間への疑問を、物理学的観点(相対論、量子論)から解き明かそうとしている。
- 作者: 橋元淳一郎
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2006/12/14
- メディア: 新書
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橋元淳一郎 「時間はどこで生まれるのか」 第一章 <なぜ今、時間論なのか> メモ
☆哲学と科学の乖離
現代の哲学者が説く時間論:
現代物理学(相対論と量子論)が明らかにした時間の本性を無視しており、ニュートン流
の絶対空間・絶対時間の考えた方に囚われている
科学者による時間論:
科学の枠から出ることがなく、人間的時間に立ち入ろうとしない
相対論が明らかにした事実:空間と時間は互いに交換可能
⇒「時空論」として論じなければならない
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☆紫外線は何色?
色、温度、時間の概念に共通なことは、身近な概念であると同時に物理量(数値的な
測定が可能)であること。
原子レベルでは色と温度という概念は消滅する。
人間が色として感じることができる電磁波の範囲は限定的。
色は人間の感覚器官と脳で創られた概念であり、物理的実在ではない。
赤という色の物理的説明:
波長がおよそ700nmの電磁波が人間の網膜中の視細胞を刺激し、それを脳が感じ
取る「現象」
人間的考察:
人間が赤という色を見て何を感じるかは、血の色、夕日の色、炎などの経験抜きに語る
ことはできない⇒赤という色についての生物学的・心理学的・社会学的考察
時間の概念にも物理学的時間と人間的時間が存在する。
二つの時間の境界が、きわめて複雑なため、さまざまな解釈が生じている。
自分が感じている「今」という瞬間は、人間的時間である。対して、この宇宙全体に
「今」という物理的時間など存在しない。
本書の目的:
物理的時間と人間的時間の違いを明確化し、時間の向きや流れはどこから生まれるのか、
また過去は変えることができない確定したものであるのに、未来はなぜ未知であるのか
というような、時間のもっとも興味深い謎を解こうということにある。
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☆ミクロの世界に温度は存在しない
温度は、熱い・冷たいという人間的感覚から生まれたもの。
人間的感覚以外に、温度を直接測定できるものはない。
温度計は水銀の膨張を利用して、温度を数値化しているにすぎない。
温度とは、原子や分子の「大集団」がもっている「乱雑」な運動エネルギー
一個の原子は運動エネルギーをもっているが、それを温度とは呼ばない。
熱い、冷たいという感覚が生じるためには、原子がたくさん皮膚にぶつからなければな
らない(皮膚の感覚細胞を刺激できるほどに)。さらに原子の大集団の動きは乱雑でな
ければならない。
⇒一個の原子の温度というものは考えることができない。温度とはマクロな世界(われわれ
の日常的スケールの世界)だけに存在する概念で、ミクロな世界(原子1個1個が見える
世界)にはない。あるのは原子の運動だけ。
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☆時間は温度と似ている
時間の性質は温度に似ている。
時間を感じることはできるが、時間を直接測る方法はない。
何かを直接測るということは、われわれが感覚として直接経験するということ。
物理学に登場する物理量は、温度計や時計といった間接的な装置で測るしかない。
(量子力学における観測問題という「哲学的」課題に結びついていく)
<時間論の出発点となる命題>
「ミクロの世界に時間というものが仮にあるとしても、マクロの世界における時間と、
ミクロの世界における時間は、同一のものではない。また、マクロの世界においても、
物理学的時間と人間(生命)が感じる時間は、同一のものではない。」
さまざまな物理量は、元をただせば人間の感覚に発しているが、それらがミクロの世界
に存在するという保証は何もない。
モノの存在する「位置」や、モノの「速さ」でさえ、ミクロの世界では消滅していく。
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☆マクタガートの時間系列
時間のA系列、B系列、C系列
A系列の時間:常に「現在」という視点に依存する時間のこと。主観的時間、人間的時間。
B系列の時間:歴史年表のような客観的な時間。座上軸上に何年何月何日と刻まれ、
それが過去から未来へ向かって順番に並んでいる時間。
デカルトやニュートンが考えた客観的時間はB系列であるが、相対論や量子論が明らかに
した時間は、単純に座標軸に刻むことができない。それらの時間はB’系列、B''系列など
分類する。
C系列の時間:もはや時間とは呼べない、だたの配列のこと。
マクタガートが哲学的に導いた結論
「A系列の時間も、B系列の時間も、実在しない。しかし、C系列は実在する可能性がある」⇒マクタガートの結論は、「時間は実在しない」ということ。