ありのままに生きる

社会不適合なぼっちおやじが、自転車、ジョギング等々に現実逃避する日々を綴っています。

量子力学で生命の謎を解く

ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン 「量子力学で生命の謎を解く」メモ 

 この本を買ったのは、しばらく前に何かのテレビ番組のなかで、光合成量子力学が関わっていて、その変換効率が100%近いことを紹介していて興味を抱いたからだ。
 その番組をチラッと見ただけなので詳細がよく理解できなかったけれど、第4章に光合成のことが書かれていて、面白かった。

 光合成の第一段階では、太陽からやって来る光子から得たエネルギーを光合成の反応中心まで運ばなければならないが、時間が経つとエネルギーは失われしまうので、短時間で最適なルートで運ぶ必要がある。それは巡回セールスマン問題と同等のもので、解くのが非常に難しいとのこと。

 植物たちは、光合成において、でたらめにルート探索するのではなく、量子の重ね合わせの状態を作り出し、すべての経路のなかで最適なものを見つけているとのことだ。

 量子コンピュータでは、量子重ね合わせ状態のビットを使って計算することを目指しているけれど、その重ね合わせの状態を作り出して維持するのが困難のようだ。

 植物たちは、暖かくて騒がしい細胞のなかで量子の重ね合わせの状態を作り出し、経路探索に必要なわずかな時間とはいえその状態を維持しているのがすごい。おかげで光合成の変換効率は100%に近いそうだ。

 半端ねー、植物さん。

 ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン「量子力学で生命の謎を解く」メモ

 

第4章 量子のうなり

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【まとめ】
光合成に関わるクロロフィル分子は、「量子ウォーク」探索戦略を使い、光合成のエネルギーが反応中心へ至る最速経路を探す。
・植物の光合成、ヒトの呼吸、どちらのプロセスにも、量子法則に支配された素粒子の運動が関係する。
・生命は量子プロセスを利用することで生き長らえている。
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量子力学の中心的な謎
・波動と粒子の二重性:粒子は空間に広がる波動のように振る舞うことがあり、局在化した1個1個の粒子として振る舞うことがある。
・生物圏でもっとも重要な生化学反応にも二重性が関係している。
・その反応は、空気と水と光が、植物や微生物、間接的にすべての生物へと変換する反応。


<二重スリットの実験>
・原子のビームの発生源から、幅の狭い二本のスリットを開けたスクリーンに向け原子を発射する。
・スリット背後のスクリーンには蛍光材がコートされていて、原子が当たった場所には小さい輝点ができる。

①左側のスリットだけを開ける:後ろのスクリーンには開けたスリットの真後ろに輝点からなる帯が見える。
②右のスリットも開ける:波動である光の場合と同様、明暗の帯からなる干渉パターンが見られる。
・スクリーン上でもっとも明るくなるのは、原子がやってこられないと予想される中央部。


・同じ実験を、原子を1個1個発射して行う。
・この場合も干渉パターンが現れる。


・1個1個の原子は、スリットが監視されていなければ波動のように振る舞い、監視されていると微小な粒子のままでいる。
→原子や電子や光子などの微小粒子は、波動と粒子の二重性をもつ。
 どちらのスリットを通過したかという情報がないうちは波動のように振る舞い、観測されると粒子のように振る舞う。


量子力学を使うと、この現象を筋道立てて説明できるが、それは実験結果のみであり、見えていないところで何が起きているかはわからない。


・二重スリット実験の量子力学的解釈:どの瞬間にも1個1個の原子は、空間内の各点での存在確率を与える一連の数を使って記述しなければならない→波動関数
波動関数は、ある瞬間に原子が装置のなかのどこに見つかるか、その確率を図示する。
・二重スリット実験における原子の波動関数は、原子自体の物理的状態を表すという意味で「実在」している。
・原子は、測定するまでは、波動関数が与える確率に従い、至るところに存在している


◎量子測定
・重ね合わせ状態の波動関数を持つ孤立した量子系がマクロな測定装置と作用したとき、何が起きるのか?
・原子が検出されると、その原子の波動関数が測定装置のなかの何兆個という原子と相互作用する。
・その複雑な相互作用により、壊れやすい量子コヒーレント状態は速やかに漏れ広がり、周囲の乱雑なノイズのなかで失われる。
→「デコヒーリンス」と呼ばれるプロセス


・測定装置が関係していなくてもデコヒーレンスは起こる。
・物体の粒子的構成要素である原子や分子が熱振動し、周囲の原子や分子により揺さぶられると、その波動的なコヒーレンス状態は失われる。
・デコヒーレンスは環境(1個の原子がそれを取り囲むすべての物質)により常に測定され、古典的粒子のよに振る舞うしかなくなる過程。
・デコヒーレンスは物理学全体のなかでもっとも高速で効率的なプロセスの一つ。


・量子コヒーレント状態は壊れやすい。
・それを防ぐ手段
 ①周囲から隔離する(衝突する粒子を減らす)。
 ②極低温に冷やす(衝突の回数を減らす)。


・分子レベルでは、重要な生物的プロセスはきわめて高速で(1兆分の1秒オーダー)、原子レベルの短い距離で進行する。
・それはトンネル効果などの量子的プロセスが影響を与える可能性のある長さや時間スケール。
・デコヒーレントを完全に防ぐことはできないが、生物的に利用するのに十分な時間のあいだは食い止めることができるのかもしれない。


光合成中心への航海
<チラコイド>
光合成のエンジンであり、光子を燃料にして、空気中の二酸化炭素から取り出した炭素原子どうしを結びつけ、糖をつくる。
・植物を緑色にしているクロロフィルという分子が詰まっている。

クロロフィル
・地球上で2番目に重要な分子(1番はDNA)。
・光を取り込む「発色団」という分子の一種。
光合成でもっとも重要な最初のステップ、光を捕まえる作業を担う。

・二次元構造をもち、炭素原子と窒素原子からなる五角形がつながってできた構造の中心にマグネシウム原子が収められ、炭素と酸素と水素でできた長い尾がぶら下がっている。

マグネシウム原子の再外殻電子は結合が弱く、太陽エネルギーの光子を吸収すると炭素でできた周りの籠にはじき出され、軌道に空隙ができてマグネシウム原子は正に帯電する。
・この空隙、電子の穴(ホール)は、それ自体が正の電荷をもったホールという「もの」であると考えられる。
→光子を吸収することで、マグネシウム原子自体は中性のままで、逃げ出した電子と残されたホールからなる系がつくられたとみなせる。
・この系を「励起子」といい、後々使うためのエネルギーを蓄えた、プラス極とマイナス極を持つ微小な電池と考えることができる。


・励起子は不安定。
・電子とホールは静電気力で互いに引き寄せられ、再結合すると、もとの光子がもっていた太陽エネルギーは廃熱として失われる。
・太陽エネルギーを利用するには、励起子を速やかに「反応中心」と呼ばれる製造ユニットへ運び、電荷分離のプロセスを進めなければならない。
・そのプロセスでは、エネルギーを持った電子がマグネシウム原子から完全に引き剥がされ、近くの分子へ移動する。
・このプロセスにより、励起子よりも安定な化学電池(NADPH)が生成し、それを使いもっとも重要な光合成の化学反応を駆動させる。

 

・分子のスケール(ナノメートル)で見ると、反応中心は励起したクロロフィル分子からかなり離れている。
・エネルギーを反応中心へ送り届けるには、クロロフィルの森の中で一つの分子から次の分子へ次々に手渡ししなければならない。
・光子を吸収した分子の隣の分子は、最初に励起した電子のエネルギーを受け取り、自身のマグネシウム原子の電子へ渡すことで、同じく励起する。


・問題になるのが、どのルートでこのエネルギーを輸送すべきか。
・励起子が期限切れになるまでの時間は短い。
・最近までは、ランダムウォークが使われると考えられていた。
ランダムウォークは効率が悪く、実際の効率を考慮すると理屈に合わない。
・捕らえられた光子のエネルギーが反応中心へ移動するプロセスの効率は、100パーセントに近い。
ランダムウォークであちこち遠回りする経路を取っていたら、大部分のエネルギーは失われてしまう。
光合成のエネルギーがどのようにして効率よく反応中心にたどり着いているかは、生物学最大の難問の一つだった。


◎量子のうなり
・フェンナ=マシューズ=オルソン(FMO)たんぱく質と呼ばれる光合成複合体へのレーザーパルス照射実験で、二重スリット実験と同様の明暗縞の干渉パターンが発見された。
・この「量子のうなり」の発見により、励起子はクロロフィルの迷路のなかで一つのルートをたどるのではなく、同時に複数のルートを進むことが明らかになった。


・FMO複合体は量子コンピュータのように作用することで、反応中心へ至る最速経路を見つけている。
・この最適化問題を解くのは困難。
・何カ所もの目的地をめぐる旅行計画をたてるという、巡回セールスマン問題に相当する。
・この問題は、強力なコンピュータで膨大な計算を行い、すべてのルートをしらみつぶしに探さないと解けない。


・FMO複合体のなかで見つかったうなりは、量子コヒーレント状態を示す特徴だった。
クロロフィル分子は「量子ウォーク」という新しい探索戦略を使っている。
・量子コヒーレント状態が存在するのは低温のFMO複合体に限らない。
・別の細菌の光合成システムや水生藻類の光化学系でも、常温で量子のうなりが検出された。


・植物の光合成とヒトの呼吸(食料を燃やすこと)を比べると、大差はない。
・根本的な差異は、どこから生命の基本構成部品を調達しているか。
①炭素
 植物:空気から炭素を得る
 ヒト:植物などの有機物から炭素を得る。
②電子(生体分子を組み立てるのに必要)
 植物:光を使って水を「燃やして」電子を取り出す
 ヒト:有機分子を「燃やして」電子を取り出す
③エネルギー
 植物:太陽光の光子のエネルギーを取り出す
 ヒト:食料から得た高エネルギー電子が呼吸鎖のエネルギーの斜面を下り落ちることでエネルギーを得る
・どちらのプロセスにも、量子の法則に支配された素粒子の運動が関係する。
・生命は量子プロセスを利用することで生き長らえている。


・植物や微生物といった暖かく湿っていて荒れ狂った系のなかに量子コヒーレント状態が発見されたことは、量子物理学者に衝撃を与えた。
・生命系がどのようにして壊れやすい量子コヒーレント状態を保護して利用しているかを解明しようと研究が行われている。


・この世界の振る舞いを支配している法則は量子法則だけ。
古典力学の世界は、量子法則をデコヒーレンスというレンズを通してみることで、不気味な要素をふるい落としたもの。
・深く掘り下げれば、見慣れた現実の奥底には必ず量子力学が潜んでいる。
・マクロな物体にも量子現象の影響を受けやすいものが存在し、そのほとんどが生物。
酵素内部で起きる量子トンネル効果は細胞全体に影響を与える。
・光子捕獲の第一段階は、壊れやすい量子コヒーレント状態を生物的に意味のある時間だけ維持できるかどうかにかかっている。
→生命は、量子の縁に留まって量子の世界と古典的な世界とを橋渡ししているらしい。