藤井啓祐 「驚異の量子コンピュータ」メモ
藤井啓祐 「驚異の量子コンピュータ」メモ
第Ⅱ部 量子コンピュータの仕組み
第4章 量子情報と量子ビット
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【まとめ】
・粒子の重ね合わせの度合いを表す数値を確率振幅と呼ぶ。
・確率振幅 a と b の2乗和が確率に対応する(a^2+b^2=1)。
・エンタングルメント:二つの粒子が全く同じようにふるまう相関関係
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・量子力学の世界では、重ね合わせ状態が許されている。
(異なる状態のどちらにも確定していない曖昧な状態)
・状態が0か1の二つの可能性が残された状態。
・重ね合わせ状態は、原理的に宇宙の誰にも0なのか1なのか分からない、本質的に二つの状態が不確定になっている状況。
<古典的粒子の場合>
・粒子が一つ箱の中に入っているとする。
・古典的な粒子であれば、必ず箱の中の”一点”に存在する。
・この箱の真ん中に仕切り壁を入れれば、その右側または左側のどちらかに粒子が存在する。
・仕切り壁の左側は0、右側は1と約束すれば、これは情報の最小単位のビットを表現している。
<量子力学的にふるまう粒子の場合>
・量子力学の世界では、粒子をのぞき見るまで粒子の位置は不確定で、箱の中の様々な場所に存在する可能性の波の重なりとして広がりをもつ。
・仕切り壁を作った後も、右側に粒子がいる可能性と左側に粒子がいる可能性が重ね合わさった状態にある。
・左側に粒子がいる状態を0、右側を1とすると、0と1の重ね合わさった状態が実現する。
◎量子の情報を数値化する
・重ね合わせ状態における0と1の状態の可能性を、0.6、0.8のように数値を用いて記述する。
・0よりも1の可能性が少し高いとった意味合い。
・ただし、この数値は確率ではない。
・60%と80%を足しても100%にはならない。
・重ね合わせが本質的に誰にも区別できない状態であることと関係している。
・重ね合わせの度合いを表す数値は、確率振幅と呼ばれる。
・確率振幅が二つ並んで一つの状態を表すので、状態ベクトルと呼ばれる。
・確率振幅そのものは確率には対応せず、「測定」という操作をしてはじめて確率としての意味をもつようになる。
・確率振幅は、確率になる前の、確率の卵のような量。
・仕切り壁の箱の中の粒子について、どちらの状態になっているかのぞき見ることを考える(二重スリットの実験で、スクリーンのどこに電子が着弾するかに対応する)。
・のぞき見ることにより、右側と左側にいる可能性のどちらかに収縮し、一方に粒子が存在するという現実に行き着く。
・同じ方法で準備した同じ確率振幅をもつ重ね合わせ状態に対して箱をのぞくこを繰り返すと、右と左に粒子をみるける回数と確率振幅に規則性を見いだすことができる。
↓
・右側、左側に粒子を見つける確率は、それぞれの確率振幅の絶対値の2乗に対応する(ボルン則)。・誰にも知り得ない0と1の曖昧な重ね合わせ状態に対し、0だったのか1だったのかをのぞく(測定する)と、0や1の結果が確率的に得られる。
・その確率は 0.6^2=0.36、0.8^2=0.64 のように、確率振幅の2乗の値となる。(0.36 + 0.64 = 1)
・0と1の重ね合わせ状態は、それを測定したときに0や1が得られる確率の平方根をとった数字、すなわち確率振幅で記述されている。
◎量子ビット
<古典コンピュータでの確率振幅を用いた状態ベクトル表示>
・古典コンピュータでは0または1が必ず確定している。
(0の確率、1の確率)
(1.0, 0):確実に0の場合に対応
(0, 1,0):確実に1の場合に対応
・古典ビットは量子力学における特殊な状態。
・量子力学では一般的な状態が許される。
<量子コンピュータでの確率振幅を用いたベクトル表示>
・確率振幅 a と b を用いて状態ベクトルを以下のように書ける。
(a, b)
・その2乗の和は、0もしくは1を測定した時の確率に対応し、合計1になる。
a^2 + b^2 = 1
・量子の世界の情報の最小単位として、量子ビットと呼ばれている。
・a や b は2乗したものが確率なので、負の値や複素数でもよい。
・複素数の場合は、確率振幅の絶対値の2乗が、量子ビットが0であるか1であるかを測定した場合の確率に対応する。
・量子ビットは球面上の点として表示できる。
・古典ビットは球面上の北極と南極のみをとる。
◎エンタングルメント
・二つの箱に、量子的な相関をもつ粒子を入れて二つの量子ビットを作る場合を考える。
・量子的な相関とは、二つの粒子が全く同じようにふるまうもの。
・一方の箱で粒子が右側にいるなら、もう一方の箱でも右側にいる。
・両方の箱を開けた時には、必ず二つの箱の粒子が左右どちら側にいるかは一致する。
・このような双子の粒子は、本来一つの粒子だったものを分裂させることで作り出せる。
・箱の仕切り壁を水平方向に入れて量子ビットを作っても同じ(量子ビットに対する測定方法を変える)。
↓
・量子の世界における双子の粒子は、どのような向きで量子ビットを測定しても、まったく同じ結果が得られる。
・双子の粒子による量子的な相関があるかをチェックするには、どの方向から二つの箱をのぞいても、量子ビットがとりうる状態が完全に一致することを確かめればよい。
・このような相関は、「もつれる」という意味の英語であるentangleから、エンタングルメント(量子もつれ)と呼ばれる。
・エンタングルメントは、どんなに遠く離れていても、また測定する方向や測定結果を相手に伝えることができないタイミングで箱を開けたとしても、同じ側に粒子を見つけることになる。
◎神はサイコロを振る
・互いに遠く離れた地点でのエンタングルした双子粒子の実験では、遠く離れた二人が得る測定結果はランダムであるが、同じ方向で測定したときに二人は同じ結果を得る。
・あらかじめ測定結果が決まっていたとすると、二人が自由に選べる測定の向きの情報を、光速を越えて伝えないと、つじつまの合う測定結果を選べない。
・それが許されていないとすると、予測不可能なランダム性が存在することになる。
・このような現象は、「局所性」と「実在性」の両方の性質をもつ局所実在論の破れを意味する。
・局所性:ある地点の現象が瞬時に遠く離れた地点に影響を及ぼすことはない
・実在性:あらかじめどのような測定結果が得られるかが確実に決定している
・ジョン・S・ベルは、測定結果があらかじめ何らかの隠れた変数により与えられていると仮定した。
・隠れた変数が、一見ランダムに見える量子力学の測定結果を決めているとした。
・隠れた変数を知ることができれば、測定結果は完全に予言できるという、実在論の立場。
・この前提に基づき実験を分析すると、一つの不等式を導くことができる。
・実験結果を持ち寄り、ある平均値を計算すると、ある値よりも必ず小さくなる。
・同じ量を量子力学に基づいて計算すると、その値よりも大きくなる。
↓
・隠れた変数論に基づくと、どのような理論でも必ずベルの不等式を満たすが、量子力学はその不等式を満たさない。
・隠れた変数理論と量子力学が両立することはありえない。
・実証実験を行うと、量子力学での不等式の破れが検証された。
・いかなる局所的な(瞬時に情報が伝わらない)隠れた変数理論も実験結果と矛盾して否定される。
・量子力学における測定結果のランダムさは、我々の物理へに理解不足ではなく、自然がそのように作られていることを反映しているにすぎない。
→「神はサイコロを振る」
◎応用
・エンタングルした状態は、量子状態を遠隔地点へ転送する、量子テレポーテーションを可能にする。
・エンタングルした状態を共有すれば、誰にも盗み見られる可能性がない量子暗号も可能となる。
・エンタングルメントの性質から、誰にも覗き見ることができない乱数を共有することができる。
・送信側はこのような乱数を鍵としてメッセージを暗号化し、通常のチャンネルで送り、受信側は共有している乱数を使いメッセージを復元する。
・エンタングルメントがない状態では、量子コンピュータによる計算の加速は起こらない。
◎様々な量子ビット
<核スピン量子ビット>
・分子に含まれる特定の原子は核スピンと呼ばれる小さな磁石の性質をもつ。
・この磁石を用いて量子ビットを作るのが核スピン量子ビット。
・核スピンを量子ビットとし、核スピンの回転や核スピン間の相互作用を用いて量子コンピュータを構成するのが、NMR量子コンピュータ。
<超伝導量子ビット>
・超伝導とは、特定の物質をごく低温まで冷やしたときに抵抗がなくなり、電流が流れ続ける現象。
・超伝導物質内部では、本来反発する二つの電子が対(ペア)にありクーパー対を構成する。
・たくさんのクーパー対が協調して動くようになり波の性質が現れる。
・結果、超伝導物質の場合は電子が抵抗を感じずに流れることができる。
・超伝導物質で作った向き合った電極で、薄い絶縁体を挟む(ジョセフン接合)と、クーパー対が一方の電極からもう一方へと飛び移る(トンネル)ことができるようになる。
・クーパー対がある基準の個数存在する状態と、一対余分にトンネルしてきた状態を二つの状態として量子ビットを構成したものが電荷量子ビット。
・量子ビットの制御はマイクロ波を用いて行う。
・マイクロ波でクーパー対の数、二つの状態の重ね合わせ状態を制御可能。
・電荷エネルギーが小さい領域では電流(磁束)が基準となる量子状態となる。
・この領域の量子ビットは磁束量子ビットと呼ばれる。
・磁束量子ビットは電荷の違いの影響を受けにくいので、ノイズの影響を受けにくく、量子ビットの寿命が飛躍的に延びた。
・量子ビットの寿命は、当初の数10ナノ秒程度から100マイクロ秒を越える寿命が実現している。
・超伝導量子ビットが共鳴するマイクロ波領域では、室温でも物体からマイクロ波が輻射として放出する。
・このような環境では熱雑音のため量子ビットのエラーの原因となる。
・測定に必要な量子ビットからの信号を受け取ることもできない。
・超伝導チップは冷凍機で10ミリケルビン(ほぼ絶対零度)まで冷やされ、外部と接続したマイクロ波ケーブルを通じて量子ビットの制御や測定のための信号の読み出しが行われる。
<イオントラップ>
・電荷をもったイオンを量子ビットとして利用する。
・真空中でイオンを冷却し(ほとんど動かないようにし)、電極を用いて複数のイオンを捕獲(トラップ)し直線上に並べる。
・量子ビットの基準となる状態は、原子のエネルギー状態を使う。
・エネルギーの低い基底状態とエネルギーが高い励起状態のエネルギー差に共鳴する光をレーザー照射することで、二つの量子状態の重ね合わせ状態を作る。
・電荷をもつイオンどうしはクーロン相互作用で反発する。
・一つのイオンが揺れると他のイオンもゴムで繋がっているかのように影響を受ける。
・物体が振動すると音になることから、イオンの振動の自由度はフォノン(音の量子)と呼ばれる。
・フォノンは複数イオンの間で情報伝達する媒体として利用できる。
・このフォノンとイオンの相互作用を誘起することで、2量子ビット演算を実現する。
・測定はレーザー照射することで特定の状態にいるときだけ蛍光を発するようにでき、CCDカメラでその蛍光を観測して行う。
<半導体量子ビット>
・電極をうまく配置し、マイナスの電荷をもつ電子を一点に閉じこめる、量子ドットを利用する。
・半導体基板上に電極により捕まえた電子=人工原子を用いて量子ビットを構成する。
・このような電子に対して、電圧や電流を用いて量子ビットの操作を行う。
<光量子ビット>
・光の強度を極限的に微弱にすると、光の最小の単位である、単一光子状態を作り出せる。
・単一光子の縦偏向と横偏向の状態を用いて量子ビットを定義できる。
・このような量子ビットは偏向量子ビットと呼ばれる。
・二つの経路を用意し、どちらを光子が通ったかという2種類の状態を用いて量子ビットを構成することも可能。
・光は常に移動している物理系であり、量子暗号などの量子通信への応用が検討されている。
・複数の量子コンピュータを光量子ビットを用いて接続し、計算する分散型量子計算なども提案されている。
・光に対する操作は、半透明ミラーなどの線形光学素子を用いて行う。
・光は、外界との相互作用が少なく、量子情報処理する場合のノイズが比較的少ない利点がある。
・相互作用が少なく、複数の光量子ビット間の操作など、非線形性を有する操作の実現は一定の確率でしか成功しない欠点がある。
・光は意図せず散乱し、失われてしまう、光子損失の問題もある。
・測定型量子計算という量子計算モデルや量子テレポーテーションを用いて、光特有の問題を回避し、拡張性のある量子コンピュータが実現できることが知られている。