ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン 「量子力学で生命の謎を解く」メモ
ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン 「量子力学で生命の謎を解く」メモ
第5章 ニモの家を探せ
----------------------------------------------------------------------------------
【まとめ】
・たんぱく質が匂い分子の振動を検出するしくみを説明できるメカニズムは、電子の非弾性量子トンネル効果だけ。
・生命の嗅覚には量子トンネル効果が関わっているかもしれない。
----------------------------------------------------------------------------------
・魚は鋭い嗅覚を持ち、臭いで自分の故郷かぎ分けられる。
・動物が生き延びる上で嗅覚は非常に重要。
・多くの種では、匂いに対する行動反応は本能に組み込まれている。
・我々の味覚はそのおよそ90%が匂いの感覚。
・食べ物を味わうとき、唾液に溶けた化学物質を舌や口蓋にある味覚受容体が感知する。
・味覚受容体は5種類しかなく、甘み、酸味、辛み、苦み、うま味の基本的な味の組み合わせしか区別できない。
・口に入れた食べ物・飲み物から蒸発する揮発性の匂い物資は、のどの奥から鼻腔へ逆流し、何百種類もの嗅覚受容体を活性化させる。
・それにより味覚よりはるかに豊かな何千種類もの香りを嗅ぎ分ける。
◎匂い物質の物理的正体
・視覚・聴覚は、物体からやってくる電磁波や音波を介して間接的に情報をとらえる。
・味覚と嗅覚は、「物質的現実からの」メッセージを伝える物体(分子)と接触することで、直接的に情報を受け取る。
・感知される分子は、唾液に溶けているか、空気中に漂っており、それが舌の上の受容体(味覚)か、鼻腔の天井にある嗅覚上皮(嗅覚)に捕らえられる。
・その分子は揮発性でなければならないので、匂い物質はたいてい小さい分子。
・鼻そのものは嗅覚に直接的に関与せず、鼻の奥の嗅覚上皮のほうへ空気を通すだけ。<嗅覚上皮>
・小さい組織で、ヒトでは3平方センチ(切手ほどの大きさ)しかない。
・粘液分泌線と何百万個もの「嗅覚神経細胞」の両方が並んでいる。<嗅覚神経細胞>
・目のなかで視覚を担う桿体と錘体に対応する。
・先端はほうきのような形をしており、何本にも枝分かれしたその突起には、細胞膜が下りたたまってできた髪の毛状の「繊毛」が生えている。
・繊毛のブラシが着いたこのほうきが細胞層から突き出ていて、通り過ぎる匂い分子を捕まえる。
・細胞の根元はほうきのえのようになっていて、その「軸索」すなわち神経が、鼻腔の奥にある小さい骨を貫いて脳まで延び、「嗅球」と呼ばれる領域につながっている。
<嗅覚のメカニズム>
①匂いの元になる分子が嗅覚上皮のブラシのあいだを通過する。
②分子が1個つかまっただけで、神経細胞の細胞膜にある微笑なチャンネルが開く。
③正の電荷を持ったカルシウムイオンが外から細胞のなかへ流れ込む。
④35個の分子が捕らえられることで生じる細胞内へのイオンの流れは、合計1ピコアンペアの微小な電流に相当する。
⑤このレベルの電流がスイッチとして作用し、活動電位と呼ばれる電気信号が軸索を伝わっていく。
⑥その信号は脳のなかの嗅球にまで伝わる。
⑦神経処理が行われると、「物質的現実からのメッセージ」を香りとして経験する。
・このプロセスでもっとも重要なのは、嗅覚神経細胞が匂い分子を捕まえるところ。
・表面にある嗅覚受容体が分子捕獲を担う。
・ラットのゲノムには1000種類ほどのコードされた嗅覚受容体がある。
・おのおの1種類の匂い物質を感知するよう調整されている。
・嗅覚受容体の種類と匂いの種類は1体1に対応していない。
・嗅覚受容体が受け取る信号がどのようにして匂いに変換されるのか?
・多種多様な匂い分子を感知する作業がそれぞれの細胞にどうのように割り振られているのか?
・1個1個の嗅覚神経細胞は、万能選手ではなく、スペシャリスト。
・それぞれの匂い物質は何種類かの嗅覚神経細胞を活性化させる。
・1種類の嗅覚神経細胞は何種類かの匂い物質に反応する。
・数百種類の嗅覚受容体が何兆通りもの組み合わせで活性化することにより、幅広い種類の匂いが生み出されている。
・1個1個の受容体は、どうのようにして自分が担当する匂い分子だけを認識し、嗅覚上皮を通過するそれ以外の化学物質を捕まえないのか?
→嗅覚最大の謎
<従来の説明>
・鍵と鍵穴のメカニズムに基づく。
・匂い分子が鍵で、それが嗅覚受容体の鍵穴にぴたりとはまる。
・受容体分子の形は匂い分子の形と相補的関係にあり、匂い分子が受容体分子のなかにぴたりとはまりこむ。
・この形状説からは、匂い分子の形とその匂いのあいだには関連性があるはずと予想される。・形が似た匂い分子どうしは似た匂いがし、形が違う分子どうしは違う匂
いがするはず。
・実際は、分子の形とその匂いのあいだにははっきりした関連性がない。
・同じ匂いグループ(同じ匂いのする化学物質)に属する化合物は、それぞれ同じ化学基を持つケースが多い。
・化学基は、大きい分子の構成部品としてその分子の性質の多くを決めていて、匂いもそうした性質のひとつ。
・鼻は分子全体の形を感知しているのではなく、物理的特徴の違い、つまり原子間の結合の振動数を感知している?
<ラマン分光法>
・試料に光を当て、当てた光と出てきた光それぞれの色、振動数(エネルギー)の差を記録することで分子構造を調べる方法。・鼻はラマンスペクトルのメカニズムで匂い分子の振動をとらえている?
・鼻はそれぞれの化学結合に特徴的な振動数を感知できる「分光計」。
・散乱光を捕らえて分析するため、何らかの生物的な分光計が必要、光源も必要。
→鼻が嗅覚を発揮するために、どのようにラマン分光法を使うことができるのか?
・化学構造もラマンスペクトルもまったく同じだが、互いに鏡像関係の分子どうしを、鼻は容易にかぎわけられる。
・左手型と右手型がある分子を「キラル」といい、多くの場合、匂いがそれぞれまったく異なる。
・嗅覚受容体そのものもキラルであるとすれば、匂い分子を左手と右手のどちらでつかむかに応じ、振動を感知する部位との結合のしかたも変わる。
◎量子の鼻で嗅ぎ分ける
・生体分子は電子の量子トンネル効果を使って化学結合の振動を感知している?
<非弾性電子トンネリング分光法(IETS)>
・二枚の金属板を互いにぎりぎりまで接近させ、ごく狭い隙間を開けておく。
・金属板のあいだに電圧をかけると、一方の金属板に電子が集まり負に帯電し(ドナー)、正に帯電したもう一方の金属板(アクセプター)に引き寄せられる。
・古典力学的には、その電子は金属板のあいだの絶縁部分を飛び越えるエネルギーは持たない。
・電子は量子的物体なので、隙間が十分に小さければドナーからアクセプターへトンネルできる。
・このプロセスでは電子がエネルギーを獲得もしなければ失いもしないので、これを弾性トンネル効果という。・電子がドナーからアクセプターへ弾性的にトンネルできるのは、まったく同じエネルギーレベルに空席がある場合だけ。
・ドナーのエネルギーレベル > アクセプターの空席のエネルギーレベルの場合、電子は飛び移るためのエネルギーの一部を捨てる(非弾性トンネル効果)
・捨てたエネルギーをどこかへ持っていかないかぎり、電子はトンネルできない。
・二枚の金属板の隙間に化学物質を置き、余分のエネルギーをその化学物質に与えることができる場合に限り、電子はトンネルできる。
→隙間に置いた分子が、捨てるエネルギーにちょうど対応する振動数で振動できる結合を持っている場合。
・非弾性電子トンネリング分光法は、この電子がドナーを離れる際のエネルギーとアクセプターへ到達する際のエネルギーの差を分析することで、化学物質の持つ結合の性質を調べる。
・嗅覚受容体のしくみもこれに似て、1個の分子としてIETSの金属板と隙間の両方の働きをしている。
・はじめに受容体分子の「ドナー部位」に電子が1個ある。
・ドナーとアクセプター部位のあいだのエネルギー差のため、トンネルできない。
・その受容体がつかまえた匂い分子がちょうどよい振動数の結合を持っていると、電子は匂い分子にエネルギーを与え、トンネル効果によりドナーからアクセプターへ飛び移る。
・アクテプター部位にやってきた電子が、Gタンパク質の魚雷を発射させ、嗅覚神経細胞が発火して信号が脳へ伝えられる。
・「重水素化した」化学物質は、水素を含むもとの化合物とまったく異なる振動スペクトルを示す。
→重水素化したものは、もとの物質と振動数が異なり、匂いも違う。
<磁気カードモデル>
・嗅覚受容体の形と匂い分子の結合振動数の両方が嗅覚に役割をはたしているという考え方を、量子力学に基づき拡張したもの。
・磁気カードは、形と厚みが合っていて、テープが正しい位置に貼られていないと、認識されるか試すことすらできない。
・嗅覚受容体もそれと同じようなしくみと考えられる。
↓
①匂い分子は、左手型または右手型のキラルな結合部位にぴたりはまらなければならない。
(結合は同じだが、形が異なる匂い分子どうしは、異なる受容体にとらえられる)
②匂い分子がそれに合う受容体にはまり込んではじめて、結合の振動による電子トンネル効果が起こり、嗅覚神経細胞が発火する可能性が出る。
③左手型分子は左手型の受容体のほうを発火させるので、右手型の受容体を発火させる右手型分子とは違う匂いになる。
・嗅覚に量子トンネル効果が関係しているか調べる実験は行われていない。
・たんぱく質が匂い分子の振動を検出するしくみをうまく説明できるメカニズムは、電子の非弾性量子トンネル効果しか知られていない。
・まだ見つかっていない重要なピースは、嗅覚受容体の構造。
・嗅覚受容体分子の単離に成功した人はいない。
・嗅覚受容体は、天然の状態では細胞膜のなかに埋め込まれている。
・細胞膜から受容体たんぱく質を取り出すと、形が崩れてしまう。
・細胞膜のなかに埋め込んだままでたんぱく質の構造を決定する方法は見つかっていない。
・異論はあるものの、生物が通常の分子と重水素化した分子を嗅ぎ分けられることを説明可能な理論は、被弾性電子トンネリングという量子力学的メカニズムに基づくものしかない。
・動物たちは、電子がある場所から姿を消した瞬間に別の場所で物質化する能力を利用することで、「物質的現実からのメッセージ」を捕らえ、食料や交尾相手、帰り道を見つてけいる。